THE STORY OF ENGINE11
アメリカ・ロサンゼルスで生まれた、ピストバイクブランド ENGINE11。
ロサンゼルスと日本を結んだ、長期にわたる取材。
ブランドの始まりから、その名前に込められた想いまで。
ENGINE11の物語を、Charlieがお伝えします。
ピストバイクとの出会い。
ENGINE11の創始者、Kevin Kang。
ケビンが初めてピストバイクに乗り始めたのは、取材当時から約11年前のことでした。
最初の一台は、BIANCHI PISTA。
ホイールには、当時一世を風靡したAEROSPOKE。
乗り始めた理由は、とてもシンプルでした。
ただ、カッコ良かったから。
ケビンも、僕たちと同じようにピストバイクに憧れた一人の少年だったのです。
ファッションの一部として乗り始めたピストバイク。
しかし、その魅力に触れるうちに、彼は本物のピストカルチャーへと深くのめり込んでいきます。
ストリートから、レースの世界へ。
ロサンゼルスの街を走るストリートレーサーだったケビン。
ある日、地元のベロドロームで開催されていた初心者向けの教室に通い始めます。
そこで出会ったのが、本格的なトラック競技の世界でした。
ケビンは、このときのことを今でも忘れられないと言います。
ファッションとして楽しんでいた自転車が、本格的なサイクリングへと変わった瞬間。
その後、愛車をCINELLI MASHへと乗り換え、ベロドロームでのレースに参加。
さらにBIANCHI PISTA CONCEPTを手に入れ、競輪種目にも挑戦するようになります。
ストリートからレースへ。
ファッションからアスリートへ。
彼のピストライフは、大きく変わっていきました。
そんな中、憧れ続けていた日本製のNAGASAWA NJSフレームを手に入れる幸運に恵まれます。
本物の競輪フレームが持つ美しさと、その走り。
ケビンは日本の競輪文化に、さらに強く惹かれていきました。
しかし、大きな事故によってそのフレームは破損。
落胆するケビンに、再び幸運が訪れます。
日本の競輪界で頂点に立った滝澤正光選手のために製作された、MAKINO NJSフレームを手に入れたのです。
ビンテージのNJSフレームでベロドロームの競輪種目に出場していたのは、ケビンただ一人。
彼が最も愛したレースは、競輪でした。
そして、今も大切にしている思い出があります。
それは、競輪種目で一度だけ優勝したこと。
アメリカ、韓国、そして日本。
競輪文化との出会いは、ケビンに新たな価値観を教えてくれました。
自転車の品質だけではなく、そこに込められた精神や美意識まで。
そして、彼の心の奥に残っていた一つの言葉。
全速力。
ロサンゼルスに生まれ、韓国人の祖父母を持ち、学生時代から日本の友人たちと交流を続けてきたケビン。
アメリカ、韓国、日本。
それぞれの国の文化や価値観が、彼のサイクリングライフを形作っていきます。
こうした世界中のカルチャーから影響を受けて生まれたブランド。
それがENGINE11なのです。
セイヘンとの出会い。そして創業へ。
ある日、ケビンは友人や家族に会うため、韓国を訪れました。
そこで紹介されたのが、後に長年のパートナーとなるHOME BIKEのオーナー、Sei Haeng。
HOME BIKEは、アジアの固定ギアクリテリウム「KING OF TRACK」を主催する存在としても知られていました。
当時、セイヘンはサイクリンググッズの販売を手がけていました。
ケビンは、その商品をアメリカでも販売できるように動き始めます。
そして、セイヘンから一つの提案がありました。
一緒にピストバイクのブランドを立ち上げないか。
その提案に対して、ケビンは一つだけ条件を伝えます。
高品質の自転車を作ること。
お金儲けのために、品質を落とした自転車は売らないこと。
これが、ケビンの出した答えでした。
こうして、ENGINE11が始まります。
彼ら自身が、レーサーであるということ。
ENGINE11は創業当初、小さなブランドでした。
それでも世界中に少しずつライダーが増え、多くの人々に愛されるブランドへと育っていきます。
世界が変わり続ける中でも、彼らが大切にしてきたものは変わりません。
高品質の自転車を作り続けること。
そして、ENGINE11を語るうえで欠かせないことがあります。
ケビンもセイヘンも、自らレースを走るライダーだということです。
ベロドローム、固定ギアクリテリウム、ロードクリテリウム、シクロクロス、マウンテンバイク。
さまざまな競技を実際に経験し、その知識を製品づくりへと反映させてきました。
ケビンが繰り返し伝えてくれた言葉があります。
我々は、自転車を愛している。
広い視野を持ち、さまざまな分野の知識を駆使して自転車を作る。
お金儲けのためだけに、自転車を作っているのではない。
それが我々であり、それがENGINE11だと。
より高品質で、より美しい自転車を生み出し、それを届けることは簡単ではありません。
低価格の商品を販売することを考えた時期もあったそうです。
それでも、彼らはその道を選びませんでした。
品質への信念を曲げなかったことを、今も正しい選択だったと考えています。
YOUR LEGS ARE THE ENGINE.
ENGINE11には、もう一つ大切な物語があります。
それは、ブランド名の由来。
僕はケビンに尋ねました。
「なぜ、ENGINE11という名前なんだい?」
ブランド名がなかなか決まらずにいた頃。
ロサンゼルスの消防署の近くをドライブしていたケビンは、消防車に記された「ENGINE」という言葉と番号に目を留めました。
ENGINE15、ENGINE18。
そうした呼び名から、ブランド名のヒントを得ます。
そして、そのときふと、中学生の頃の出来事を思い出しました。
ある日、スクールバスに乗り遅れてしまったケビン。
何時間もかけて歩き、ようやく自宅へ帰り着きました。
汗だくの息子を見た母親は、こう言ったそうです。
「TAXI 11にでも乗って帰ってきたの?」
何のことだろう。
そう思ったケビンでしたが、母親が指差していたのは、彼自身の二本の足でした。
二本の足を数字の「11」に見立てた、母親の冗談だったのです。
その記憶が、消防車のENGINEという言葉と結びつきます。
自分の足こそが、エンジンではないか。
こうして「ENGINE11」という名前が生まれました。
YOUR LEGS ARE THE ENGINE.
ENGINE11を象徴するこの言葉の裏には、そんな温かな物語があったのです。
自分らしく、走り続ける。
Charlieが大切にしていること。
それは、ただピストバイクを販売するだけではなく、そのブランドが持つ歴史や想いを伝えていくこと。
一本のフレームにも、そこに至るまでの物語があります。
作り手の信念があり、乗り手の人生がある。
だからこそ、僕たちはその背景まで知ってほしいと思っています。
アメリカ、韓国、日本。
そして世界中のピストカルチャーから生まれたENGINE11。
ここ日本でも、一人ひとりのライダーと、新しい物語が始まっていきます。
My life is My style.
これからも、自分らしい一台とともに。
Thank you so much, Kevin.